▽LOVE IS BEING STUPID TOGETHER. (加賀美×真奈美)







 外の空気も涼しくなりつつある秋の休日も、大抵、二人が過ごしているのはテラスハウスの中だった。
 つまりインドアなカップルである。
 相も変わらず、加賀美の所有するプレハブ小屋の中は、ゲームソフトやらCDやら本やらで散らかっていた。付き合い始めの頃、そういう点には神経質な真奈美が我慢しきれなくなって頻繁に片づけてはいたのだが、どうせ次の週には片づける前と同じ状況になっているので、もう諦めた。ただ、彼は物を食べ散らかしたりゴミを放っておいたりということしないので、散らかるといっても単に棚に戻すのが面倒になったものが散乱しているだけである。
 それがせめてもの救いよね、と、テラスハウスを訪れた真奈美は、いつものように乱雑に物が積まれた床を見回して呆れながら、自分の家から持ってきたゲームソフトとメモリーカードを本体の中に入れたのだった。



「……何そのゲーム」



 かろうじて横になれるスペースのある布団の上に寝ころんでいた加賀美が、読んでいた漫画本を顔の前からどけて、彼女に尋ねた。真奈美は画面の前でコントローラをいじくりながら、加賀美の方を振り返りもせずに淡々と答えた。



「乙女ゲーム」
「……はっ?」



 思わずベッドから身を起こし、加賀美は、画面を見る真奈美の横顔をまじまじと眺めた。



「お前、そういうのやんの?」
「うん……」



 チロチロチロリン、という、ロードの音がして、真奈美は「ああ、確かここまで進んでた」などと呟いている。加賀美はのそのそと真奈美の隣まで来ると、興味本位で、その乙女ゲームとやらの画面を見やった。毎月数冊のゲーム雑誌を購読している加賀美は、大抵のゲーム情報を把握していたが、さすがに女性向けゲームまではプレイしないので、それほどこの業界には詳しくなかった。しかし、イベントに出てくる男性キャラクターの絵柄が、それなりに有名なイラストレーターの絵だったので、ああこれは去年に発売されたやつだわ、とすぐに気が付いた。
 その、去年に発売した乙女ゲームをプレイしている真奈美を横から見下ろして、加賀美は、だんだんと複雑な気持ちになった。プレハブ小屋に呼んだ真奈美をゲーム機器に感化させたのは自分であるが、とうとう真奈美自身がゲームを選び取る段階に入ってしまったのか、と不安になったのである。それも、よりによって恋愛ゲーム。もちろん、自分も男性向けゲームのユーザーであり、真奈美のことを悪くは言えないが、わざわざ加賀美の部屋にまで来て恋愛ゲームをするというのも、今までゲームのゲの字も知らなかった真奈美にしては至極謎なことである。
 攻略キャラとはいい感じになりつつある段階に来ているらしく、異風の服を着たおそろしく美形な男性に、ほんのりと頬を染められている。真奈美は、黙々と画面下部に出てくる文字を読み、キーを押して先へと送っていた。さすが国語教師、読む速さが普通ではない。なので、加賀美が全て読み切る前に字幕が切り替えられてしまう。
 加賀美は、呆気にとられて沈黙していたが、じきに溜息混じりに真奈美に言った。



「こういうの、タイプなの?」



 画面の中で微笑むのは、薄紫の長い髪をした優しげな目つきの男性である。自分と比べるのも情けないが、共通項が一つもない。
 真奈美は、半ば聞いていなかったらしく、少し経った後に「え?」と顔を上げた。



「はい、なんですか?」
「いや……なんか、お前こういうのが好みなのかなと思って」



 頭を掻き掻き言ってやると、真奈美は、画面と加賀美を交互に見比べ、困ったような顔をした。



「ええ? ……妬いてるわけじゃないですよね」
「ゲームに妬くかよ。つか、お前これ買ったの?」
「ううん、友達の家に行った時に借りたんです。面白いゲームがあるよって言ってくれて」



 恋愛ゲームだよと言われてよく分からなかったが、やってみると意外に面白いとつらつら言う真奈美を見下ろしつつ、加賀美はすぐ側にあったゲームソフトのケースを取り上げた。表紙には六人の男性と、その中心には主人公らしき可愛らしい赤毛の女性、裏表紙を見ると豪華声優陣の名前が並べてあり、「とある国のお姫様と動物の化身であるガーディアンの男性六人+αの愛の物語」とキャッチコピーが書かれている。
 動物の化身であるガーディアンってなんだそれ、と怪訝に思い、画面に映る攻略中の男性を再び見やった。薄紫色の髪から連想出来る動物など、多くはない。



「……こいつは、なんの動物の化身なの」
「鳥です」



 大ざっぱな回答が返ってきて、加賀美はうんざりした。当の真奈美はというと、週に一、二回しかプレイできないこともあり、画面の前でかなり真剣そうな表情である。四つ出てきた選択肢のどれを選ぶかで迷っているらしく、カーソル音が連続で鳴っていた。
 周囲にあったものをどけて、その場にうつぶせに寝ころんだ加賀美が投げやりに「男なら四つ目だよ、“危険な目に遭って欲しくないの”だよ」と言ってやると、真奈美はじっと加賀美の顔を窺ったのち、言われたとおりにその項目を選択した。すると、キラキラリンという効果音が鳴り、かなり好感度が上がったことが判明した。
 真奈美は、やけに嬉しそうな顔をして、加賀美を振り返った。



「ありがとう、先生!」
「……あん?」
「初めてなんですよ、一発でこんなに好感度上がったの。いつもクイックセーブして何度かやり直すから……」



 はきはきと言われて、加賀美は急に不安になった。つまりそれは、彼女がこの攻略キャラの気持ちを掴み切れてないということなのではないのか。



「……」
「じゃあ、これは?」



 連続して選択肢が出てきたらしく、促されて加賀美が三つの選択肢を読み、二つめを選んでやると、再びキラキラリンという好感度上昇大の音が流れた。
 真奈美は、すごいすごい!と大はしゃぎである。



「すごいですよ、加賀美先生。やっぱり男性だから分かるんですね!」
「いや……あんま関係ないと思うけど」



 褒められても全く嬉しくないし、そもそもこいつ国語教師だよなあ?と溜息をつき、真奈美がコンビニで買ってきたらしい五百ミリリットルパックを横取りして、既に刺さっていたストローで飲む。中身は、甘さ控えめのミルクティーだった。



「やっぱり私、加賀美先生が好きなんでしょうね」



 上からいきなりそんな言葉が降ってきて、加賀美は、変な姿勢で物を飲んだこともあり、盛大にむせた。



「ゲェッ…………ゲホッ、ゲホッ」
「あ、だ、大丈夫ですか!?」



 トントンと背中を叩いてくれる真奈美に頷きながら、加賀美は、気管に入ったミルクティーを咳で払うと、顔を真っ赤にして彼女を見上げた。



「おま……そういうの、いきなりはヤメロっつっただろ!」
「ご、ごめんなさい。
 ……でも」



 加賀美の背中を撫でながら、真奈美はふんわりと笑って、



「加賀美先生と、このキャラが似てるなら、私ってやっぱり加賀美先生が好きなんですよ。だから、このキャラを攻略してるんです」



 などと言う。
 加賀美は真奈美の顔を見つめたまま硬直した後、ますます耳まで赤くなって「こういうことでそれ見いだすオレたちって馬鹿じゃねぇ!?」と強気に叫んだのだった。
 後に残ったのは「ええ、そうですね、でも、馬鹿もいいものですよ」と朗らかに笑う真奈美と、何も言い返せずに頬を紅潮させたままでいる加賀美だけだった。